介護はお金がかかります
介護サービスをフルで使ってました
要介護度は5でしたので、
在宅介護になってからは、介護サービスを限度いっぱいに利用してました。
介護ベッドも買うより借りた方が安いということで、テーブルや点滴を下げる棒まで用意してもらいました。
訪看さん、訪問医療、訪問入浴
ヘルパーさんは一日に3〜4回来てもらいました。会社も数社頼んでましたので、ゼネコンでいうJV(ジョイントベンチャー)というか、一つのプロジェクトで、介護会議みたいなことをやる日は、プロジェクト会議のようでした。
最初は、点滴もうっていたため、私が点滴を取り替える(と言っても、針は入れたままなので薬液のみ交換)という作業をしていました。
それも、フルタイムで働きながら。子供は小学生。
一番心配だったのは、昼間誰もいないため、鍵を外に起き、ヘルパーさんたちに留守宅へ入ってもらったことでした。
きちんとした会社から派遣されて来ているので、何かあるというわけではなく、信頼もしていましたが、認知症患者が一人で留守宅と変わらない自宅へ入ってもらうというのは、かなり怖いものでした。
子供達が家にいる場合もありますが、ヘルパーさんによっては、黙って入ってこられるのでびっくりすると子供が嘆いていたことも。
介護食は高い
介護色は、自分で作っていました。でもドッグフードと同じで、栄養のバランスが悪い場合もあるため、メイバランスやQPの介護用レトルトなどをまとめて買い、冷蔵庫に入れてました。
ヘルパーさんによっては、どうしていいかわからない人もいるため、給食トレーのようなものに、セットして冷蔵庫に入れておきました。
介護食レトルトは高いので、私だったら、残っていたらラップで次に回すところを、半分以上残っていても、捨てる人や、ほんの少し残っているものを大事に残してくれている人、ヘルパーさんによって雑だったり、本当に頭がさがるほど綺麗にしてくださったり。。。
働きながら、介護の食事、管理が一番大変だったと今思い出しても、よくやったなぁと感じています。
それでも、真夏に倒れ、点滴状態で何も口から食べられない状態から、4ヶ月で自宅介護になり、必死で食べさせた私。
徐々に口に入れてくれた時の喜びは、なんとも言えない感動でした。
ただただ
母に生きていてほしい。
どんな状態でも、母に生きていてほしいのだ。
そんな気持ちだけで、一生懸命母のために作っていたのだと思います。
子供たちと自分のお弁当3つ、母の介護食の用意は、朝・昼・夜の3食を前の日か当日の朝に用意していました。
毎日です。仕事もフルでやって、通勤時間は往復約2時間かけて。
アラフィフの体に鞭打って(笑)
しかも、大きな交通事故のようなトラブルに見舞われた私は、その悩みが重くのしかかることになるのです。その件は、未だに解決していないため、ここに書くことができませんが。
ベッド墜落
食事を作り、オムツを交換し、大人しくしてくれているからと、居間で家事をしていると、母の声。
ベッドから落ちてしまったのです。
いつも落ちるので、ベッドの高さは最低にしていましたが、何かを取ろうとしたり、無理な姿勢をとると、ベッドから落ちてしまうようでした。
重いんですよね。これがまた。。。
母の体重は、健常な頃60kg近くあったのですが、夏に倒れてから、40kgに落ちてしまいました。しかし、この体を持ち上げベッドに戻すのは、結構大変なんですよ。
腰をやられると言いますが、本当にこちらがボロボロです。
5分経つとまた落ちるので、しばらくそのままにしていたこともあります。
ベッドといえば・・・
ベッドの下に潜るのが好きな犬と猫でした。
たまにベッドを下げた時にペッチャンコにしそうになったことも。
母が飼っていた愛猫でしたが、母がオムツになってからは、まるで汚いものを見るような目でみて、決してよりつこうとしなくなった猫でした。
その猫も、母を追いかけるように、今年、19歳で天国へ旅たちました。。。